大平由美の日本酒が好き
【2】 『ふたたび・・・酒蔵へ』 訪問先 青木酒造株式会社 鶴齢(新潟県)


『ふたたび・・・酒蔵へ』


青木酒造株式会社 鶴齢(新潟県)


3月30日(火) 曇り
 今回、わたしが訪れることにしたのは、かの川端康成氏が、小説『雪国』の冒頭で、"国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった"と記した新潟県湯沢町からほど近い、塩沢町の酒蔵です。新潟といえば、誰もが知る日本酒の名産地で、酒蔵も百蔵ほどあるのですが、淡麗辛口が主流といっても過言ではない昨今、塩沢の青木酒造さんは、創業二百八十有余年という伝統を守りながら、味のある酒、"鶴齢"を造り続けています。雪がもたらす恵みと越後杜氏の伝統の技を基に、手作りに徹すると同時に、新しい味、これからの酒のあり方を真剣に模索している蔵……おのずと期待が膨らみます。
 新幹線で東京から越後湯沢まで約一時間半、定期代を考えなければ通勤圏ともなりそうな距離感覚で軽く移動したのですが、やはりそこは雪国。暖冬の今年も、山々は雪で覆われていました。学生時代、重いスキー靴と板をかついで、冬が来るたびに足繁く通っていた頃と、さほど町並みが変わっていないように感じたのは、半分はそうあってほしいという、都会人の勝手な願望かもしれませんが、山も町も人々も、この時期、春を待ちわびていることだけは、今も昔も変わっていないと思いました。






 蔵に伺う前に、お昼ごはんをいただくことにしました。越後湯沢駅前の通りを、北へ3〜400メートルほど向かった道沿いにある、へぎ蕎麦が評判の『しんばし』ののれんを、くぐり、にしん蕎麦を注文しました。おしょう油の味と香りが存分に活きている蕎麦つゆと、にしんの甘み、そして、ふのりが練りこまれたお蕎麦のコンビネーションが絶妙で、思わず舌鼓を打ちたくなります。メニューには載っていない限定品のデザート、紫芋とかぼちゃの羊羹も軽く平らげ、準備万端です。お酒をおいしくいただくために、空きっ腹はいけません。などと、ちょっと勝手な理屈をつけて、自分を納得させてしまうのも、旅の間なら許されますよね。

   

 駅前に戻ってレンタカーを借り、青木酒造に向かいました。川端氏が執筆活動をしていた部屋が今も残っているという高半ホテルを過ぎ、信濃川の支流、魚野川を右手に見ながら進みます。この季節はまだ何も植えられていませんが、平地は見渡す限り、田んぼです。そう、ここは南魚沼郡。南魚沼といえば、コシヒカリです。天候不順でお米の価格が高騰している今年、簡単には口に入れることができない高級米です。では、南魚沼ならお米の味はすべて均一かというと、決してそうではなく、西日が当たらない山沿いの田んぼで出来るお米が、取り分け美味だそうです。西日が当たらないということは、昼間高かった気温が、夕方になると急激に下がるということです。寒暖差が激しいほど、作物は鍛えられて質を高めていくんですね。わたしたち人間も、ぬるま湯につかってばかりいてはいけないのだ…と、わが身を省みているうちに、"鶴齢"の蔵元に到着しました。

 江戸時代、享保年間の1717年に創業した青木酒造の十三代目を継承した青木貴史専務にお会いし、蔵の中に入れていただきました。残念ながら、すでに仕込みは三月中旬で終わっていたのですが、幸いなことに、特別純米酒のもろみが、まだタンクの中で出来上がるときを待つように、ふつふつと軽やかな音を立てて、わたしを迎えてくれました。酒質を高めるために、小さなタンクで仕込みをしていらっしゃるとのこと。手で軽くあおぐと、やさしくてふくらみのある香りが立ち昇ります。毎日、日本酒度、アミノ酸度などを計測し、目指す味に引き上げていく地道な作業が続きます。淡麗ではあるけれど、味があり、含みがあり、しかもキレのいい酒を造るため、10人の蔵人たちとともに十月中旬から始めた今年度の酒造りも、そろそろ終盤です。絞り終わった酒は、完璧な温度管理が施された貯蔵室で新鮮なまま保存され、注文のたびに瓶詰めをし、出荷していくのだそうです。



     
(もろみ)                              (貯蔵タンク)

(瓶詰め)

 

"酒が語り、酒が伝える"…別世界と見紛うほどの深い雪に包まれた、新潟の真の冬、外はまるで真空状態のように無音だといいます。そんな世界で、饒舌に自分を語ることは難しいのでしょう。無口な人が多いといわれる北国では、お酒が代わりとなって、言葉にならない気持ちを伝えてくれているような気さえします。


☆ 〈閑話休題〉
プレステ2のサッカーゲーム「ウィイレ」(ウィニング・イレブン)に、目下はまっているという、青木酒造十三代目、青木貴史氏に、7つの質問!

Q1 雪国の魅力を一言で表現すると?
A  待ちわびてようやく訪れる、春の清々しさ。

Q2 人生の転機は、いつでしたか?
A  25歳で酒蔵を継いだとき。

Q3 ストレスがたまったとき、どうやって解消しますか?
A  魚沼スカイラインをドライブして、小高い丘の上でボーッとする。

Q4 好きな言葉は?
A  うまい! ヤバい!

Q5 嫌いな言葉は?
A  とりあえず…

Q6 江戸時代にタイムスリップしたら、何になっていると思いますか?
A  乞食…ホームレスとは、ちょっと違う。やっぱり乞食!

Q7 お酒は、あなたにとって何ですか?
A  僕の楽しみの対象。


青木さん


 ☆☆利き酒しました!
・ 大吟醸 牧之 (山田錦 精米度37パーセント)
華やかな香りと、さわやかな味わい。なのに、飲んだ後、キリリとした感覚が、からだ全体に行き渡るような、清冽なお酒です。青木氏いわく、あえて肴はいただかず、お酒だけで楽しめるとのことですが、食いしん坊のわたしは、春野菜の天ぷらと共に、味わいたいと思います。

・ 鶴齢 特別純米 無濾過生原酒 (山田錦 精米度55パーセント)
初めに感じたのは、強さでした。力ずくというのではなく、ストレートに味を感じさる強さ
とでも言いましょうか。こういうお酒なら、肴に何を持ってきても、負けることはありま
せん。カレイ、おこぜなどの唐揚げ、お酒に浸したトバ、山菜の煮物などなど…食と合
わせて、存分に楽しめるお酒です。

・ 鶴齢 特別純米 無濾過生原酒 (亀の尾 精米度 55パーセント)
とても、おいしい…工夫も何もありませんが、味わってすぐこの言葉が出てきました。
野球でピッチャーが投げるボールでいえば、ストレートが途中から変化する、チェン
ジ・アップのような…強さに繊細さが加わったような…そう、微妙な変化球が受け手
を揺さぶるのです。こんなお酒には、シンプルに、干物、あるいは、青菜のゴマ和え
がピッタリ。今夜は、地元の野菜をたくさん食べようと、決心しました。



     


☆足を伸ばしてみました!(その1)
 塩沢駅から東へ約4キロ、緩やかな山道を少し上った杉並木の中に、ひっそりと
建つ曹洞宗の禅寺、雲洞庵を訪れました。"雲洞庵の土踏んだか"と書かれた板書
きが、山門にかけられています。お寺の参道石畳の下に、数千巻にも及ぶ、ありが
たいお経が埋められており、参道を歩くことで仏の教えが身につくと言われている
のだそうです。日ごろの行いを振り返り、謙虚な気持ちで一歩一歩、足を進めます。
標高が高いせいか、冷んやりした空気がからだを覆い、ざわざわした気持ちが静めら
れていくようでした。


夜ご飯は、六日町で季節料理を出してくださる、『大(だい)』に伺いました。料理人
にしてご主人の我田 大さんは、朝は仕入れ、昼は畑仕事、そして夜はそれらの素材
を生かした旬の味を作り出す名人です。もちろんお酒は"鶴齢"。菜の花の和え物、
自家製の落花生、橙の香りが嬉しい大根の鬼おろし…。そんなおいしい野菜たちに
鴨肉や牛肉を添えていただきます。普通なら、お肉に野菜を添えて、というところです
が、ここでは野菜が主役。芋から丹精した、こんにゃくのゴマ炒めなどなど、これしか
ない、と言えるほど、お酒にピッタリのお料理を食べては飲み、食べては飲んで平ら
げたあとは、やはり、ご飯でしめたいと思うのが自然ですよね。ならば、南魚沼郡塩
沢町内、なかでも、そう、西日の当たらない田んぼで獲れたコシヒカリが理想的です。
あるんです。大さんのお店には、そんなお米がキラキラと輝いて、今や遅しと出番を
待っているんです。お碗に軽く一盛り…噛みしめ、味わい、さっくりと、いただきまし
た。あー、日本人に生まれて良かった…しみじみ感じる夜となりました。
     


  ☆ お宿
 日頃から、なるべく安くて楽しい旅が出来ないものかとアンテナを張っていた甲斐
あって、今回、宿泊(な、なんと一泊三食付き!)と、往復の新幹線代金全て込みで、
13000円という超・格安のツァーを申し込むことが出来ました。「びゅう」のおどろき
ダネ!マンスリー"の3月拡大号に掲載されていたのです。このタイプの国内ツァーは
行き先を変えながら、毎月行われているとのこと。平日ならば本当にお得です。
お宿は六日町温泉の『ホテル魚とし』。24時間入れる温泉が、旅の疲れを癒して
くれます。無色透明のさらりとしたやさしいお湯には美肌効果もあるそうで、すっきり目
覚めた翌朝、露天風呂につかって、"脱・日常"を心ゆくまで感じることができました。     
客室から見た眺め                 魚野川と坂戸山
3月31日(水) 朝のうち雨 そして曇り
☆ 足を伸ばしてみました!(その2)
 前日とは打って変わって、冷え込みの厳しい朝、『雪の文化館』というロマンチック
な別名を持つ、鈴木牧之記念館を訪ねました。美しい木組みの建物が目を引きます。
江戸中期、塩沢に生まれた鈴木牧之は、家業の縮の仲買業を営むかたわら、実に
40年近い歳月を費やして、雪国・越後の民俗、習慣、伝統、産業などを詳述した
『北越雪譜』を書き上げました。スケッチを織り交ぜて描写されたこの著作により、
北国で雪に耐える人々のひたむきな暮らしが、はじめて全国に紹介されたのです。
その牧之の次男、弥八が、平野屋(現・青木酒造)の七代目となりました。"鶴齢"とい
う名も、牧之が命名したのだそうです。親として、息子の酒造りを応援する気持ちから
の命名でしょうか。鶴は千年…と言いますが、末永く人々に愛されるお酒を造るようにとの
願いが込められているのでしょう。記念館に展示された、牧之の坐像の隣に、
弥八の写真が控えめに飾られてありました。

 


スキー場にも行ってみました。シーズンもそろそろ終わりに近いのと、お天気が悪い
せいで、スキーを楽しんでいる人は数えるほど。リフト待ちに三十分近く並んだ遠い昔
が、嘘のようです。ゲレンデを覆う雪が溶け始めるのも、もうすぐでしょう。でも、この
降雪によって大気が澄み、豊富で優れた水質の天然水が蓄えられ、上質な雪国の
お酒が生まれるのです。雪のもたらす苦労と恵みに、しばし思いを馳せた一時でした。



越後湯沢駅構内に、ぽん酒館という楽しいお店がありました。500円で5枚のメダル
を購入すれば、5種類のお酒を利き酒することができるのです。鶴齢をはじめとして、
新潟の100種類のお酒の中から、自由に試すことができるとは、なんて楽しい趣向で
しょう。さりげなく塩が置かれているのも一興です。旅の帰り道に、少しばかり寄り道し
てみる価値は、充分ありそうです。


     


どんなときに、わたしたちは冬が近づいてきたことを知るのでしょう。そして、何を見
て、何を聞いて、何に触れて、春の到来を感じるのでしょう。今回、わたしはドライブ中
に見た何気ない光景に、春の訪れを感じました。雲洞庵からお宿に向かう県道沿い
のあぜ道を、小学校に上がるか上がらないかの兄妹が、シャベルと小さなバケツを
持って歩いていたのです。車を脇に寄せて、しばらく子どもたちの姿を目で追いまし
た。やがて何やら見つけたのか、子どもたちはしゃがんで、辺りを掘り始めたのです。
ふきのとう…かな。塩沢の春は遅く、桜のつぼみも固いままですが、土の中では、す
でに春が始まっており、ふきのとうは、むくむくと顔を出して外気をとらえようとでもし
ていたのでしょう。


樹木を雪から守るための雪囲いが取れ、山菜を採りに山に入れるようになると、
よ うやく春を感じると、青木専務がおっしゃっていましたが、まさに、
今がその時のように思えました。東京ではすでに葉桜の薄緑が、
道行く人の目を楽しませていますが、雪国は春の準備がはじまったばかりです。
国境の長いトンネルを抜けると、
そこは雪国であった。
          ‥‥‥‥‥ 
夜の底が、白くなった。 ‥‥‥‥‥

ただただ降り積もった雪だけが、時に白く、時に青白く浮き上がってみえる夜が続く
長い長い冬の間も、蔵の中では、蔵人たちの技と心意気が、"鶴齢"を造り続けます。
それは、やがて来る春を待ちわびながら、そして、その瞬間の湧き上がるような
喜びを思い描きながら造られた、極寒の冬を耐え切る強さを持った、雪国の酒です。
次の冬は、夜の底が白く見えるほど雪深いころに、ふたたび蔵元を訪れようと密かに
心に決め、越後湯沢駅のホームで、上りの新幹線を待つことに致します。吐く息が、
白くたなびき空中に消えていきます。思い切り吸い込めば心も体も洗われるような冷
気の中、雪国の人々が"鶴齢"に込めた言葉にならない言葉を想像しながら、春たけ
なわの東京に向かうことに致します。


左・青木酒造専務の青木貴史氏 真ん中・杜氏の新保英博氏 右・筆者


 
利用規約CopyrightPrivacy PolicyLink広告掲載更新情報URL登録問合せE-mail